さらにこちらでは
毛深い蛙の店
0時でもないのにいきなり東京タワーのライト消えたぞ? (Shiba Park)
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“価値が解らない人には売らなくてイイ。 雑音にかまわず、自分の価値を認めてくれる人のために全力を注ぎたい。”
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直すのに10分もかかってないのになんで3000円もとるの?
①10分で直せるように高い道具を買ってます
②10分で直せるように経験積んできてます
③10分で直せるように部品をストックしてます
④あなたのために他の仕事止めてきてます
⑤10分で直して喜んでもらうため一生懸命やってます
多分みんなそう
via: Twitter / @nendoroido
自由ヶ丘ほどではないが大岡山駅前も気がつくと何かやってるよな (Ōokayama Station)
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しかし、近くで見ていると、呑むのが良いとか悪いとかよりも、「眼の前には酒があり、それは飲むものだ」という意識しか無かった。まわりでいくら止めても「酒は飲むものだ」なのだ。「飲まない」という選択肢はない。「食事のときには酒がある」「酒のない喫茶店には入らない」「蕎麦屋であっても酒があれば飲む」「飛行機の待ち時間にも酒を飲む」となる。良い悪いではなく、たとえ「死ぬぞ」と言われても、酒が手に入れば、必ずそれは「飲むもの」だったのだ。まるで酒を飲むためだけに造られた、からくり人形のようだった。
アルコール依存症の対策は二通りある。ひとつは然るべき施設に入所し、3ヶ月のプログラムを受けるというもの。もうひとつは、シアナミドなどの抗酒剤を自宅で毎朝服用するというものだ。しかし、入所するにも自宅治療を行うにも、本人が「自分は依存症だ」という意識が必要となる。それが無ければ入所したところで絶対に回復できない。





